インターネットの原動力
1993年ごろのことである。当時インターネットの最新プロトコルだったゴーファー(Gopher)のサーバが国立がんセンターで動いているという情報を誰かが仕入れてきた。筆者は、面白半分に14,400bps のモデムを使ってパソコン通信にアクセスし、そこで提供されていたインターネットへのゲートウェイを介して接続を試みた。かなりの試行錯誤が必要だったが、とうとうゴーファーのメニュー画面がパソコン通信の粗末な文字端末の上に表示されたときには、思わず胸がときめいたものだ。
それは、ワールドワイドウェブ(WWW)のことを筆者が知る数ヶ月前のことだった。
その後ウェブは天に昇り、ゴーファーは地に落ちたことは、今では誰でも知っている、というか、現実にあなたはゴーファーなんて知らないでしょう?
ところが、まだバブルの余韻が残っていた90年代の初めごろには、ウェブとゴーファーのどちらも、新奇で一般にはなじみのないただの新しいプロトコル(だいいちプロトコルってなに?)に過ぎなかったのである。当時インターネットの参考書では、e-メール、ネットニュース(Usenet)、メーリングリスト(Listserv)、FTP そしてテルネットというインターネット独自のアプリケーションについての解説というのが相場で、今手元にある日本語としては最初期のインターネット解説書であるラクウェイとライアーの『Internetビギナーズガイド』(トッパン、1993)にも、ゴーファーとウェブを合せても一頁に満たない短い記述しかない。しかもこれがなんのことだかさっぱり要領を得ず、著者らですら、どちらのプロトコルもたぶんあまり理解していなかった(というか全く理解していなかった)ことをうかがわせる。
これがわずか十数年前である。
可能性としてはゴーファーだけが生き残るか共存するということもありえたろう(現にFTP など古くからあるプロトコルは、息絶え絶えながらもそれなりの位置づけがあって、ウェブと共存している)。
しかしそうはならなかった。
というのは、まもなくゴーファーは有料化され、そのためインターネットコミュニティからそっぽを向かれてあえなく消え去ってしまったからだ。
この消え去り方は、確かにインターネットの速度にふさわしいものだった。というより、いままでタダだと思わせておいて急に利権を振りかざせばどうなるか、という、よくある(詐欺まがいのサイトの)実例のひとつに過ぎなかったが、インターネットはその頃はまだ商業的な利用を排除していたから、ネット詐欺(まがい)の初期の典型的な例のひとつに、ゴーファーは図らずもなってしまったという訳である。
初期のインターネットに有償のものに対する根強い抵抗があった、というのは多分事実だろう。医学文献の検索で有名なPubMed も当初は一部を除けば有料だったが、21世紀になる前に無料化された(これは政策的なものかもしれないが)。もうひとつの有名な例として、画像の圧縮法の一つとして広く使われていたGifが特許技術だと主張したものがある。ネットユーザのコミュニティは、代わりにPngという特許には関係のない画像圧縮技術を開発して無償で提供することによりこれに答えた。
こうしたインターネット魂とでもいうものが、インターネットの強みでもあり活性化の原動力になっていることに間違いはないだろう。
ただ、そうはいっても、ひとは人の心だけで生きているわけではない。残念なことに(かどうかはともかく)パンも必要なのである。
90年代にはともかく、現在の学術雑誌サイトは一論文いくらで論文の切り売りをしている(一報につき2500円くらいする)し、国立医学図書館が運営しているPubMed 以外には、情報を無償で提供している二次文献誌はなさそうだ。やはり情報は決してタダではないのである。
結局、インターネット魂(というかUNIX魂というのか、ハッカー魂なのか)はどうあれ、現実にはそんなものである。
ゴーファー失速の最大の理由は、有料化ではなく、単に(有料化宣言が)早すぎたということなのだ。ウェブはゴーファーの失敗を見ていたから、プロトコルを有料にすることは意識的に避けたが、その時点での技術的な優越性はほとんどなかったはずである。たぶんまだモザイクがリリースされる前で、メニューかハイパーリンクかという違いしかなかった。失速しなければ、ゴーファーはいくらでも変われるチャンスがあったはずなのだ。
とはいえ、ウェブはゴーファーサイトよりも大きな体系であったように今では見える。当時を知らなければ、最初からウェブの優位は明らかだった。
それとも、本当に優れていたのだろうか? ウェブのライン・ブラウザであるLinxとGopherの違いはいまだによくわからないのだが…。
だれかご存知であればご教示願えないだろうか?【廣田晃一】
ニュースレター「健康・栄養ニュース」第1巻2号(通巻2号)平成15年1月15日発行から転載
1993年ごろのことである。当時インターネットの最新プロトコルだったゴーファー(Gopher)のサーバが国立がんセンターで動いているという情報を誰かが仕入れてきた。筆者は、面白半分に14,400bps のモデムを使ってパソコン通信にアクセスし、そこで提供されていたインターネットへのゲートウェイを介して接続を試みた。かなりの試行錯誤が必要だったが、とうとうゴーファーのメニュー画面がパソコン通信の粗末な文字端末の上に表示されたときには、思わず胸がときめいたものだ。
それは、ワールドワイドウェブ(WWW)のことを筆者が知る数ヶ月前のことだった。
その後ウェブは天に昇り、ゴーファーは地に落ちたことは、今では誰でも知っている、というか、現実にあなたはゴーファーなんて知らないでしょう?
ところが、まだバブルの余韻が残っていた90年代の初めごろには、ウェブとゴーファーのどちらも、新奇で一般にはなじみのないただの新しいプロトコル(だいいちプロトコルってなに?)に過ぎなかったのである。当時インターネットの参考書では、e-メール、ネットニュース(Usenet)、メーリングリスト(Listserv)、FTP そしてテルネットというインターネット独自のアプリケーションについての解説というのが相場で、今手元にある日本語としては最初期のインターネット解説書であるラクウェイとライアーの『Internetビギナーズガイド』(トッパン、1993)にも、ゴーファーとウェブを合せても一頁に満たない短い記述しかない。しかもこれがなんのことだかさっぱり要領を得ず、著者らですら、どちらのプロトコルもたぶんあまり理解していなかった(というか全く理解していなかった)ことをうかがわせる。
これがわずか十数年前である。
可能性としてはゴーファーだけが生き残るか共存するということもありえたろう(現にFTP など古くからあるプロトコルは、息絶え絶えながらもそれなりの位置づけがあって、ウェブと共存している)。
しかしそうはならなかった。
というのは、まもなくゴーファーは有料化され、そのためインターネットコミュニティからそっぽを向かれてあえなく消え去ってしまったからだ。
この消え去り方は、確かにインターネットの速度にふさわしいものだった。というより、いままでタダだと思わせておいて急に利権を振りかざせばどうなるか、という、よくある(詐欺まがいのサイトの)実例のひとつに過ぎなかったが、インターネットはその頃はまだ商業的な利用を排除していたから、ネット詐欺(まがい)の初期の典型的な例のひとつに、ゴーファーは図らずもなってしまったという訳である。
初期のインターネットに有償のものに対する根強い抵抗があった、というのは多分事実だろう。医学文献の検索で有名なPubMed も当初は一部を除けば有料だったが、21世紀になる前に無料化された(これは政策的なものかもしれないが)。もうひとつの有名な例として、画像の圧縮法の一つとして広く使われていたGifが特許技術だと主張したものがある。ネットユーザのコミュニティは、代わりにPngという特許には関係のない画像圧縮技術を開発して無償で提供することによりこれに答えた。
こうしたインターネット魂とでもいうものが、インターネットの強みでもあり活性化の原動力になっていることに間違いはないだろう。
ただ、そうはいっても、ひとは人の心だけで生きているわけではない。残念なことに(かどうかはともかく)パンも必要なのである。
90年代にはともかく、現在の学術雑誌サイトは一論文いくらで論文の切り売りをしている(一報につき2500円くらいする)し、国立医学図書館が運営しているPubMed 以外には、情報を無償で提供している二次文献誌はなさそうだ。やはり情報は決してタダではないのである。
結局、インターネット魂(というかUNIX魂というのか、ハッカー魂なのか)はどうあれ、現実にはそんなものである。
ゴーファー失速の最大の理由は、有料化ではなく、単に(有料化宣言が)早すぎたということなのだ。ウェブはゴーファーの失敗を見ていたから、プロトコルを有料にすることは意識的に避けたが、その時点での技術的な優越性はほとんどなかったはずである。たぶんまだモザイクがリリースされる前で、メニューかハイパーリンクかという違いしかなかった。失速しなければ、ゴーファーはいくらでも変われるチャンスがあったはずなのだ。
とはいえ、ウェブはゴーファーサイトよりも大きな体系であったように今では見える。当時を知らなければ、最初からウェブの優位は明らかだった。
それとも、本当に優れていたのだろうか? ウェブのライン・ブラウザであるLinxとGopherの違いはいまだによくわからないのだが…。
だれかご存知であればご教示願えないだろうか?【廣田晃一】
ニュースレター「健康・栄養ニュース」第1巻2号(通巻2号)平成15年1月15日発行から転載
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作成:2008/7/18 15:00:58 自動登録
更新:2008/7/22 11:13:12 root
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