III製造方法、規格及び試験方法、安定性試験

本項以降は、前ページの開発プロセスを説明するものです。新医薬品の製造販売の承認を受けようとするときは、その「有効性」、「安全性」及び「品質」を裏づけるための試験成績資料(参照ページへ)を厚生労働省に提出することになります。これらの資料の収集方法などについては、国際的調和を図る目的で1990年に組織された日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)において、これまでに数多くのガイドラインとして示されています。本項においては、「品質」に関連する重要事項について解説します。なお、化学合成品の品質に関する主なICHガイドラインについては、本章表1を参照して下さい。

1.医薬品の品質保証

医薬品の品質保証は、臨床試験において確認された有効性と安全性を臨床現場においても保証するための手だてとなるものです。医薬品の承認申請時には、原薬及び製剤についてそれぞれ製造方法、規格及び試験方法、並びに安定性試験に関する資料の提出が必要となります。なお、本文中で原薬とは、製剤の生産に使用することを目的とする物質で、製剤の製造に使用されたときに有効成分となるものです。

2.製造

(1)製造方法

承認申請時には、承認申請書に製造場所及び製造方法を記載する必要があります。製造方法については、出発物質から包装工程までの一連の工程を具体的に記載することが必要であり、製造工程の中でも品質確保に特に重要な工程及び中間体をそれぞれ重要工程及び重要中間体として、その工程操作の概略、プロセスパラメータ、工程管理試験等も含めて記載することとなっています(「改正薬事法に基づく医薬品等の製造販売承認申請書記載事項に関する指針について」(H17.2.10 薬食審査発0210001)参照)。承認申請書に記載した製造方法は、承認申請書に添付する製造方法の開発の経緯、製造方法のバリデーションデータ等に関する資料により、その科学的妥当性を説明する必要があります。審査においては、提出された資料の科学的妥当性が確認され、また、GMP調査において実際の製造場所での製造工程、実生産でのバリデーションデータ等が確認されます。

(2)製剤の製造とリスク管理

正な品質の製剤を一貫して供給するためには、製造された製剤を試験することによってその品質を保証するのではなく、製造時から品質を作り込むように製造工程を開発し工程管理を行うこと、また開発時に製造工程についての体系的な知識を積み上げて工程の許容可能範囲に関する情報を得ておくことにより、実生産に移行してからの製法変更に柔軟に対応できるようになること等の考え方が「製剤開発に関するガイドライン」(Q8)に示されています。また、「品質リスクマネジメントに関するガイドライン」(Q9)では、効率的かつ恒常的に適正な品質の医薬品を安定供給するために利用可能なリスク管理の体系的アプローチが提案されています。Q8及びQ9は、品質保証の考え方の新たな国際的潮流となっています。

3.規格及び試験方法

規格及び試験方法とは、原薬及び製剤の品質を確保するための試験方法及び試験をしたときの適否の判定基準を示したものです。化学合成による新医薬品の規格及び試験法の設定に関する標準的な考え方については、「新医薬品の規格及び試験方法の設定について」(Q6A)に示されています。規格及び試験方法の設定に際しては、日本薬局方の通則、製剤総則、一般試験法、標準品及び試薬・試液等を準用することを原則とします。規格試験項目としては、名称、構造式又は示性式、分子式及び分子量、基原、含量規格、性状、確認試験、示性値(物理的化学的性質等)、純度試験、水分含量(水分又は乾燥減量)、強熱残分、灰分又は酸不溶性灰分、製剤試験、特殊試験、その他の試験項目(微生物限度試験、原薬の粒子径を含む)、定量法等があります。基原については、化学構造決定物は記載不要ですが、重合体、生薬、臓器製剤や酵素製剤では必ず記載します。含量規格は、製造過程、定量誤差及び安定性等に基づき、有効性と安全性に関して同等とみなせる規格値を設定するもので、上限値と下限値を定めます。性状とは、原薬であれば形状(固体、液体)、色などです。確認試験は、当該医薬品が目的物であるか否かを確認する試験です。示性値は、吸光度、旋光度、pH及び融点などです。純度試験は、有機・無機不純物及び残留溶媒の基準値に関するガイドライン(Q3A、Q3B、Q3C)を参考に、個々の医薬品で設定すべき項目を判断します。規格項目には、性状、確認試験、定量法及び純度試験のように概ね全ての原薬又は製剤に適用されるものと、示性値や溶出性及び製剤均一性のように、各原薬又は製剤の特性に応じて設定するものがあります。審査においては、その医薬品の特性を踏まえた上で、品質を保証するために適切な規格試験項目、試験方法及び規格値が設定されているかどうかを、設定根拠として提出された資料を基に確認します。

4.安定性試験

新有効成分含有医薬品の安定性試験は、「安定性試験ガイドライン」(Q1A(R2))に基づき実施されます。温度、湿度、光等の様々な環境因子の影響の下での品質の経時的変化を評価し、原薬については貯蔵条件、及び有効期間又はリテスト期間(当該原薬が製剤の製造に使用できる期間。リテスト期間を超えた原薬は、製剤製造時に再試験を実施し規格への適合性を確認することが必要)、製剤については貯蔵条件及び有効期間の設定に必要な情報を得るための試験です。

(1)原薬の安定性試験

@苛酷試験

先ず苛酷試験により、原薬の安定性プロファイルについておおよその情報をつかみます。分解生成物の同定や分解経路を判断するのに役立つと共に、安定性試験に用いる分析法の適合性を確認することができます。通常、高温、高湿度、酸化、光による影響を検討します。光安定性試験の条件は「新原薬及び新製剤の光安定性試験ガイドラインについて」(Q1B)に定められています。

A長期保存試験及び加速試験

原薬についてはパイロットスケール以上で製造された3ロット以上について試験を実施します。測定項目、分析方法及び判定基準はガイドラインQ6A及びQ6B(表3参照)に記載され、原薬中の分解生成物の規格はQ3A(R2)で論議されています。保存条件は、一般的な原薬の長期保存試験では温度、湿度を25℃±2℃、60%RH±5%RH又は30℃±2℃、60%RH±5%RHとして12ヵ月(申請時点での最短試験期間)以上、加速試験では温度、湿度を40℃±2℃、75%RH±5%RHとして6ヵ月です。

(2)製剤の安定性試験

長期保存試験及び加速試験は、3ロット以上の市販予定製剤と同一処方、同一容器施栓系の包装で行います。測定項目、分析方法及び判定基準は、ガイドラインQ6A及びQ6Bに記載され、製剤中の分解生成物の規格はQ3B(R2)で論議されています。保存条件は、一般的な製剤の長期保存試験では温度、湿度を25℃±2℃、60%RH±5%RH又は30℃±2℃、60%RH±5%RHとして12ヵ月(申請時点での最短試験期間)以上、加速試験では温度、湿度を40℃±2℃、75%RH±5%RHとして6ヵ月です。また、光安定性試験は必要に応じて製剤の1つ以上のロットについて行います。

(3)安定性試験継続中の申請

12ヵ月以上の長期保存試験データがあれば安定性試験の途中でも申請は可能です。この場合、その時点までに得られている安定性試験データに基づいた暫定的な有効期間を設定する必要があります。

5.新添加物を配合する場合の取扱い

既承認医薬品等の添加物としての使用前例がない添加物を配合する場合又は使用前例があっても投与経路が異なる若しくは前例を上回る量を使用する場合には、当該添加物の品質、安全性等に関する資料を併せて提出しなければなりません。審査においては、当該添加物の品質及び安全性について確認し、申請製剤の特性も踏まえた上で、その添加物を使用することの可否を判断します。

表1 化学合成品の品質に関する主なICHガイドライン

項目 トピック ガイドライン名 国内通知
安定性 Q1A(R2)
Q1B
安定性試験ガイドライン
新原薬及び新製剤の光安定性試験ガイドライン
H15.6.3 医薬審発0603001
H9.5.28 薬審422
不純物 Q3A(R2)
Q3B(R2)
Q3C(R3)
新有効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイドライン
新有効成分含有医薬品のうち製剤の不純物に関するガイドライン
医薬品の残留溶媒ガイドライン
H14.12.16 医薬審査発1216001、
H18.12.4 薬食審査発1204001
H15.6.24 医薬審発0624001、
H18.7.3 薬食審査発0703004
H10.3.30 医薬審307
規格及び試験方法 Q6A 新医薬品の規格及び試験方法の設定 H13.5.1 医薬審発568
製剤開発 Q8 製剤開発に関するガイドライン H18.9.1 薬食審査発0901001
品質リスクマネジメント Q9 品質リスクマネジメントに関するガイドライン H18.9.1 薬食審査発0901004、
H18.9.1薬食監麻発0901005
Column

実用化に向けて研究者が知っておくべきこととは?

国内の製薬企業等を対象に実施された調査によると、実用化に向けた研究を行うに当たってベンチャー企業や大学の研究者が最低限認識しておいて欲しいと希望する情報の上位を占めた項目は、「知的財産制度」、「各種の規制・ガイドライン」、「医薬品開発プロセスの全体像」、「保管しておくべきデータ等」であった。この傾向は、大学研究者・産学連携コーディネーター、ベンチャー企業に対して行われた同様の調査においても多くの項目で認められたものの、特に「知的財産制度」と「保管すべきデータ等」に関する情報の重要性については製薬企業側の意識がより高い傾向にある。
「保管すべきデータ等」については承認申請の際に、「知的財産制度」については市場での独占性を確保する際にそれぞれ重要なファクターとなることから、大学等の研究者が実用化を見据えた研究を行う際には日頃から気を配っておくことが重要であるといえる。

実用化に向けて研究者が知っておくべきこととは

(平成18年度厚生労働科学研究費補助金医薬品・医療機器開発に対する理解増進に関する研究(主任研究者:平山佳伸)より)


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