2020.7.31
, EurekAlert より:
健康改善のために重要とされ推奨されている有酸素運動だが、高血糖患者ではこの運動によって得られるいくつかの効果が弱まっているようだ。米国ジョスリン糖尿病センターからの報告。
この現象は、前糖尿病段階の慢性的な高血糖状態にあるマウスモデルと人の両方で見られる、と筆頭著者のサラ・レッサード博士は話す。研究では、この特性が肥満や血中インスリン濃度とは独立して現れることも明らかにされた。
臨床研究において、糖尿病や慢性的な高血糖状態の人では、普通血糖の人と比較して有酸素運動能力の改善効果が得られにくいことが報告されている。「この研究の背景にあるアイデアは、マウスで高血糖状態を誘発したら、彼らの有酸素運動能力の改善は阻害されるのか?というものだった」とレッサード博士は語る。この研究ではまた、高血糖患者における低いフィットネス効果のメカニズム解明も目的とした。
レッサード博士らのグループは、人における高血糖状態を模した2種類のマウスモデルを用いた。1つのグループのマウスには欧米型の糖と飽和脂肪の多い食事を与え、体重を増加させるとともに高血糖状態を引き起こした。もう1つのグループは人為的にインスリンの産生を少なくさせたマウスで、通常の食事を与えて通常の体重を維持しながら高血糖状態を発症させた。これらのマウスに、ケージ内に設置した回し車で有酸素トレーニングを行わせた。
高血糖状態を呈した両群のマウスは、実験中に通算およそ500キロメートルを走行したが、血糖値の低いマウスに見られた有酸素運動動力の改善が認められなかった、とレッサード博士は報告している。
マウスの骨格筋を詳細に調べた研究者らは、高血糖マウスの筋肉では通常期待される有酸素運動への適応が見られないことを発見した。
骨格筋にはリモデリング機能が備わっており、これが習慣的なエクササイズの実施で運動が容易になる理由の1つであるという。ランニングや水泳といった有酸素運動を続けると、筋繊維は運動中により効率的に酸素を使えるように適応する。「我々の体ではまた、より多くの酸素を筋肉に運搬する新たな血管が構築され、有酸素フィットネスレベルの向上を助ける」とレッサード博士は言う。
科学者らは、高血糖患者では新たな血管が作られる筋細胞間の細胞外マトリックスタンパク質への影響により筋肉のリモデリングが阻害されている可能性を指摘している。
レッサード博士の研究室では以前、生体内のJNKシグナル経路と呼ばれるシステムが、筋細胞を有酸素運動と筋力トレーニングのどちらに適応するかスイッチを切り替える役割を持っていることを明らかにしている。研究者らは、高血糖マウスではJNK経路の信号が交錯し、有酸素運動を行っているにもかかわらず筋力トレーニングの経路が活性化されることを発見した。「この結果、高血糖マウスの筋肉では、通常有酸素運動よりむしろ筋力トレーニングで見られるような繊維が太く血管が少なくなる変化が起こる」とレッサード博士は言う。
動物実験の結果を踏まえて行われた若年成人ボランティアにおける臨床研究では、ブドウ糖摂取後に通常より血糖値が高くなる耐糖能異常の人では有酸素運動能力が低いことが見いだされた。「有酸素運動に対する筋肉での応答を確認したところ、耐糖能の低い人では、有酸素運動への適応をブロックするJNKシグナル経路が高度に活性化されていた」と彼女は話す。
「良いニュースとして、マウスの高血糖モデルでは、有酸素運動能力は改善できなかったものの、脂肪減少や糖代謝の改善などの運動による他の重要な健康効果は得ることができた。つまり、習慣的な有酸素運動が高血糖の有無に関わらず健康維持のために推奨されるべきであることに変わりはない」とレッサード博士は語る。さらに重要な点として、高血糖患者は筋力トレーニングのような他のタイプの運動による恩恵も得ることができ、このような運動も健康のために勧められるという。
総括として、研究は慢性的高血糖患者が有酸素運動能力の構築に対する障害に打ち勝つのを手助けするいくつかの方法を提案する。その1つは血糖値を低い状態に維持する食事を摂ること、さらに血糖値を正常域に保つ糖尿病薬を服用することだ。
「我々はしばしば、食事と運動を健康改善のための別々の方法として考えている。しかし我々の研究は、これらの生活習慣因子がこれまでに考えられていた以上に関連しあっていることを示しており、有酸素運動による健康効果を高めるためには、これらをともに考える必要があることを示唆している」とレッサード博士は語っている。
出典は『ネイチャー代謝』。 (論文要旨)
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