Index MedicusからMedlineへ:医学研究論文の検索方法の変化と研究機関の将来

 わずか10年前、医学領域の研究論文を探すには、論文のタイトルだけを載せたIndex Medicusという深緑色の表紙の分厚い本が頼りでした。図書館にこもって、それを何冊も机の上に積み上げ、ページをめくりながらお目当ての論文を探したものでした。見つかったら、その論文が掲載された雑誌、年、巻、ページのメモ書きを手に書架へ行き、その図書館が所蔵していない雑誌の場合にはサービスカウンターでコピー請求の手続きをしたものでした。

 でも、やっと論文が手に入り、実際に読んでみると的はずれ、ということも日常茶飯事でした。博士課程学生として私が在籍したベルギーにあるルーベン大学は1425年開学の世界最古のカトリック系大学で、その医学部図書館は世界中の医学雑誌を収集していました。そして、このような図書館を自由に使う権利を与えられ、論文を通じてそこから世界に向けて見聞を広げることができるということを知ったときの驚きは忘れることができません。

 ところが、それからわずか数年後のことです。インターネットが普及し始め、米国国立医学図書館が医学研究論文データベース、Medlineをインターネット上に公開しました。さらに、その利用が無料化され、手元のパソコンから900万件以上の医学論文が収められたこの巨大データベースに自由にアクセスし、検索し、内容(サマリー)まで読めるようになってしまいました。10年前に1か月くらいかかった作業が、極端にいえば、自分の書斎にいて1時間程度でできてしまう、という時代が来たわけです。

 このような情報革命が研究分野に大きな貢献を果たしたことは明らかです。と同時に、特殊な大学や研究機関に所属する特別のひとたちにしか開かれていなかった科学という人類共有の知的財産が全世界のひとびとに公開されたとさえいえるかもしれません。

 Medlineはだれでもアクセスできます。実際に検索を行うにはちょっとした技術が必要ですが、一度やってみることをお勧めします。

 Medlineにアクセスし、検索用ボックスに、たとえば、"Sasaki S" AND (intake OR consumption OR diet OR dietary) と入力して、Enterキーを押してみてください。ある研究領域で研究をしている研究者がいくつくらいその領域の論文を書いているか、それは具体的にどんな論文かを、ある程度、把握することができます。

 ただし、Sasaki Sという名前の研究者が2人以上いたら(確実にいるでしょう)、正確な検索はできません。また、研究者の研究領域が広い場合は、たくさんの単語をORで連結するなどの工夫が必要になります。検索の結果、見つかった論文数が予想より少ない場合は、「その研究者は意外に論文を書いていない」、「検索式が適当でない」の2通りの原因が考えられます。なお、Medlineに収載されていない医学雑誌もあるため、あくまでもこれは「おおよそを知るための手段」と理解しておく必要があります。

 このような遊びでわかることは、Medlineの圧倒的な便利さと同時に、使いこなすにはやはりある程度の技術と専門的な知識が必要だということです。その上に、Medline上ではサマリーまでしか読めず、研究の全貌はつかめません。そのためには、従来のように、図書館に頼らざるをえない、となります。

 情報化社会、それは、研究の分野も同じです。その意味で、Medlineなどの論文(研究成果)データベースをいかに有効に活用できるか、そして、それを支えるレベルの高い図書館を備えているか、この2つは、これからの研究成果の質と量、大きくいえば、知的生産立国をめざす日本の将来を左右するひとつのポイントであるだろうと、ルーベン大学図書館の書籍の匂いが懐かしく思い出されるこの頃です。【佐々木 敏】

ニュースレター「健康・栄養ニュース」第2巻3号(通巻6号)平成15年12月15日発行から転載