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お知らせ

動物由来の危険物質を含まない無血清培地でのヒトiPS細胞の樹立方法の開発
    - 安全性の高いiPS細胞からの移植への実現を促進 -

2010年11月24日

 浅島誠(東京大学大学院総合文化研究科・特任教授/産業技術総合研究所・フェロー、幹細胞工学研究センター長)、大沼清(東京大学大学院総合文化研究科・特任講師/長岡技術科学大学・准教授))、古江-楠田美保(独立行政法人医薬基盤研究所・研究リーダー)は、精製された因子のみから成る無血清培地を用いた、より安全な方法でヒトiPS細胞の樹立に成功しました。この培養条件では、 細胞移植した際の免疫拒絶の原因となる動物由来シアル酸(Nau5Gc)が著しく減少していることを見出しました。この研究成果は米学術雑誌PLoS ONEに日本時間11月24日付けで掲載されました。

発表雑誌
米学術雑誌PLoS ONE(オンライン版)
オープンアクセス論文 http://www.plosone.org/

論文タイトル
「 Reduction of N-glycolylneuraminic Acid in Human Induced Pluripotent Stem Cells Generated or cultured under Feeder- and Serum-free Defined Conditions」

著者 (所属を含む)
林 洋平1、セン徳川1、藁科雅岐1、福田雅和1、有泉高史1、岡林浩嗣1、高山直也1、大津真1、江藤浩之1、古江-楠田美保2、道上達男1、大沼清1,3、中内啓光1、浅島誠1,4 (研究責任者:大沼清、浅島誠)

1 東京大学
2 独立行政法人医薬基盤研究所
3 長岡技術科学大学
4 独立行政法人産業技術総合研究所

要旨
 本研究は、精製された因子のみから成る無血清培地を用いて、支持細胞(iPS細胞の成長を促すために共に培養される細胞、多くはマウス由来)を用いずに、ヒト成体の皮膚細胞からのiPS細胞の樹立に初めて成功したものです。従来のiPS細胞の樹立ならびに培養では、支持細胞と動物血清やその代替物である粗抽出物が使用されてきました。これらを用いた培養条件では、他種動物あるいは他人の細胞由来のウイルスなどの感染物質が混入する恐れがあります。このことは、ヒトiPS細胞からの移植医療を実現する障害の一つとなっていました。本研究では、これらの危険性のある因子の使用を回避する事を可能とし、実際に移植医療の際の免疫拒絶反応を誘引する可能性のある危険物質であるシアル酸(Neu5GC)が著しく減少することを見出しました。本研究は、ヒトiPS細胞からの再生移植医療を安全に行うための重要な基盤技術の開発ならびに安全性の指標を打ち立てることを実現しました。

背景
 一般的にヒト幹細胞(ES、iPS)は、まず血清を用いてマウス胎児組織由来細胞(フィーダー細胞)をシャーレに増やし、それを「支持細胞」として幹細胞を培養します。その際に用いる培地は、牛血清あるいは動物由来成分を含む代替血清を用いています。このような培養条件では、抗原性の変化や病原体混入の可能性があり、また詳細不明で製造ごとに異なる微量成分に起因する実験結果のばらつきなど、様々な問題があります。フィーダー細胞を事前に準備せねばならないという煩雑な操作も必要で、ヒトES細胞の安定した供給を行うことが難しいのが現状です。このような問題のある培地を用いて、再生医療への臨床応用や、創薬・毒性試験などへの応用は難しいといえます。この問題に対し、これまでに海外でいくつか無血清培地が開発されていますが、未知の成分を含んでいたり、組成が公開されていなかったり、あるいは多くの増殖因子を含んでいます。
 先行研究において、本研究の論文著者の一人である古江-楠田美保が開発した無血清培地 (hESF9a)は、フィーダー細胞を必要とせず、牛血清あるいは代替血清などを使用せず、すべての組成が明らかにされており、ヒトES細胞の培養が可能です。

研究内容
 本研究では、支持細胞を用いず、hESF9aのみでヒトiPS細胞の樹立ならびに培養を行いました。その結果、ヒト成人皮膚繊維芽細胞から安定してiPS細胞を作製することに世界で初めて成功しました。さらに、この培地を用いて長期間安定してiPS細胞の形態および、その特徴を維持しながら培養することができました。実際に、動物細胞よりヒト細胞へと混入し、移植の際の拒絶反応の危険性を孕むシアル酸の存在を測定したところ、従来の支持細胞、血清代替物を含んだ培養条件下のiPS細胞と比較して、本研究で開発された培養方法でのiPS細胞では、その存在が著しく低下していました。

今後の展望
 この培養法を用いてヒトiPSを樹立・培養することにより、移植のソースとして使う場合の安全性を高めることができます。また、この培養法を利用することにより、薬の毒性試験や、創薬におけるスクリーニングの感度が100倍近く上がる可能性があります。更に、国際的なヒトES細胞研究者らは、ヒトES細胞の完全合成培地を用いた標準化された培養法に則って、ヒト幹細胞が樹立されるための基準や規格を構築する試みを進めています。


※画像をクリックすると拡大画像を表示します↓

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専門家(有識者)からのコメント
これらのコメントは、ご本人(岡野教授、青井教授)から直接いただいたものです。


-慶應義塾大学 医学部 生理学教室 岡野 栄之 教授 のコメント-

「iPS細胞の臨床応用に向けて、①ゲノムDNAへの挿入のないiPS細胞の作成と②動物由来成分を含まない培地成分でのiPS細胞の作成という2つの課題をクリアする必要があると考えられている。前者については、山中伸弥教授のグループの成果を含むいくつかの方法が開発されてきたが、後者については、少なくとも我が国では開発が進んでいなかったが、この度、浅島研究室で開発されたiPS細胞の無血清培養における作成の成功は、この問題の解決への大きな前進であり、iPS細胞の臨床応用に向けた大きな試金石といえるであろう。」

-京都大学 iPS細胞研究所 規制科学部門 青井 貴之 教授のコメント-

「iPS細胞を用いた移植医療の実現に向けて、安全面における懸念事項のうちの重要な一つを解決する成果だ。同時に、この技術はiPS細胞の安定した品質の担保にも繋がり得るもので、移植のみならず種々の応用においても広く意義がある。」

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