2019.7.26
, EurekAlert より:
長期間、無重力(微小重力)環境で過ごす宇宙飛行士の筋肉量や筋力を維持するために、ポリフェノールの一種であるレスベラトロールが有効である可能性が示唆された。米国ハーバード大学による動物実験から。
宇宙開発競争が激化し、火星有人探査に向けても各国がしのぎを削っている昨今であるが、現在の技術では火星への到達に約9か月を要する。宇宙飛行士は長期間、無重力(宇宙空間でも重力がゼロではないことから、最近では「微小重力」ともいわれる)の環境で過ごすことになるため、筋肉量や筋力を維持するための方策が必須となる。
今回、ハーバード大学医学部のモートルー博士らは、火星の重力を模した環境でのシミュレーションにより、赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種であるレスベラトロールがラットの筋肉量と強度を維持することを示した。
<宇宙サプリメント>
重力の小さい宇宙では筋肉や骨にかかる負荷が小さいため、これらが衰えてしまう。筋肉の中で最初に、かつ最も大きなダメージを受けるのは、ふくらはぎのヒラメ筋のように体重のかかる部位だ。
モートルー博士は「宇宙にたった3週間いただけで、ヒトのヒラメ筋は1/3にまで減少してしまいます。これは、持久力に必要とされる遅筋繊維の損失を伴うものです」と話している。
重力が地球の40%しかない火星への長い任務の間、宇宙飛行士が安全に操縦するためには、筋肉の減少を緩和させる予防策が必要だ。それには「食事法がカギになるのではないでしょうか。特に、火星探査をする宇宙飛行士は国際宇宙ステーションに配備されているような運動器具を利用できないからです」とモートルー博士。
有力な候補としてはレスベラトロールがあげられる。ブドウの皮やブルーベリーに含まれる成分として知られ、抗炎症作用、抗酸化作用、抗糖尿病作用などが広く研究されている。
「レスベラトロールは、宇宙飛行中の微小重力に類似した完全無重力の下で、ラットの骨と筋肉の量を維持することが示されています。そこで私たちは、火星の重力を模した状況下でも、中程度の量(のレスベラトロール)を毎日摂取させることで筋肉の失調を緩和させられるのではないかと仮説を立てました」
<「火星」ラットと「地球」ラット>
博士らの実験では、24匹のオスのラットを2群に分け、片方には全身ハーネスを取り付け、ケージの天井からチェーンで吊るすことで、筋肉に火星の地表と同程度の負荷しかかからないようにした(火星群)。もう一方はハーネス無しで普通の負荷がかかるようにした(地球群)。さらにそれぞれの群を、レスベラトロールを与える群、与えない群に分けて全4群とした。なお、レスベラトロールの投与量は150 mg/kg/日、実験期間は14日間とした。
ラットの筋肉の状態を評価をするため、ふくらはぎ周囲長と前後の脚の握力を毎週測定、14日目にふくらはぎの筋肉を分析した。
<レスベラトロールが救世主に?>
結果は印象的なものだった。予想通り「火星環境」はラット達の握力を衰えさせ、ふくらはぎの周囲長、筋肉の重量、および遅筋線維も減少させた。
しかし、驚くべきことに、火星群の中でもレスベラトロールを投与されたラット達の握力は、投与されなかった地球群のレベルとほぼ同程度を維持していた。それだけでなく、ヒラメ筋および腓腹筋の筋肉量が完全に維持されており、特に遅筋線維の損失を軽減させた。
とはいえ、レスベラトロールによる保護効果は完璧でとまではいえなかった。それは、ヒラメ筋と腓腹筋繊維の断面積、およびふくらはぎの周囲長については完全には維持していなかったためである。
なお、先行研究での報告と同様に、レスベラトロール投与による食物摂取量または体重への影響はみられなかった。
<理想的な摂取量とは>
モントルー博士は、今回の結果の要因はレスベラトロールの持つインスリン感受性の改善効果によるものと推測している。宇宙飛行中にはインスリン感受性が低下することが知られているが、レスベラトロールの摂取によってインスリン感受性と筋繊維のグルコース取り込みが向上し、筋肉の成長を促進したのではないか、ということである。
レスベラトロールの抗炎症作用は筋肉や骨の保護にも役立つ可能性があり、それを調査するために乾燥プラムなども使用されているという。
「関与するメカニズム、そして、男性と女性それぞれの用量のレスベラトロール(最大700 mg / kg /日)の効果を調査するためには、さらなる研究が必要です。加えて、宇宙での任務中に、宇宙飛行士が服用する薬とレスベラトロールの潜在的に有害な相互作用についても確認することが重要になってくるでしょう」とのことだ。
出典は『生理学の最前線』。 (論文要旨)
|