2018.7.10
, EurekAlert より:
過去の進化的適応と現代社会の不一致と、それに伴うと思われる近代化と結びついた自然選択が、一部の慢性疾患の負担を世界的に減らせるかどうかを論じたレビュー報告。
主として産業革命の波に乗って近代社会は、水と食料へのアクセスを容易にし、抗生物質やワクチンなどの医療を発展させてきた。けれども近代化は感染症を減らして寿命を延長しただけではない。それは元々我々がそこに適応的に進化してきたはずの環境をも根本的に変えてしまった。過去に進化の役に立った遺伝子は、今や我々を慢性疾患へ駆り立てている。
過去4世紀にわたり、人間の生態、生活様式、生活史は劇的に変化した。近代への移行はまた、人間の主要な死亡要因を変えた。小児期に流行していた感染症は、加齢関連の慢性疾患に道を譲った。当然のことながら、我々は誰もが死ななければならないので、死の原因のいくつかが減少すると、他の原因が相対的に増加することになる。けれども、我々の遺伝子が適応した環境と新しい環境との間の相違がますます大きくなることもまた、重要な役割を果たしているのである。
加齢現象は、部分的には、若い時には有益だが歳を取ると悪影響をもたらす多くの遺伝子の複合的な作用の結果である。遺伝子は年齢によって異なる表現型を我々にもたらす。良い形質と悪い形質を拮抗的に持つ遺伝子が、自然選択の中で保存されてきたのは、若い時代の有益性が後年の不利益を大きく上回るためである。たとえば、BRCA1遺伝子は受胎に有効であるが、ある種のBRCA1変異をもつヒトでは乳がんのリスクが高まる。
「アンジェリーナ・ジョリーの予防的両側乳房切除は、彼女が高リスクのBRCA1変異を持っていたからだ」とフィンランド・トゥルク大学のヴィルピ・ルマア教授は説明する。「この遺伝子変異は、自然選択で排除されなかった。女性の受胎力に大きなメリットを持っているためだ。現在状況は悪化している。現在の低い出生率でより長生きの社会では、この遺伝子の初期のメリットはもはや不要なのだ。」
「受胎力を向上させる遺伝子変異が、何十年もあとで重いツケを払うとしても、自然選択で有意に働くのは明らかだ。そうした遺伝子が現代社会の慢性疾患の増加に寄与しているようにみえるが、それが主要な原因であるのか、それとも単なるマイナーな要因でしかないかは依然としてよくわからない」と英国エジンバラ大学のジェイコブ・ムーラッドは語っている。
逆に、我々の健康における現代社会の生活が進化に対して与えるであろう影響を正確に見積もることはかなり困難である。それは何世代もかけて我々のゲノムの中に痕跡として残されるに過ぎない。本レビューでは現代社会の中で自然選択が働いている、という「示唆的だが依然圧倒的ではない」根拠を発見したという。いくつかの研究が、社会の産業化前後の比較で妊娠期間が延長していることを指摘しているという。
「我々は注意深くある必要がある」と米国イェール大学のスティーブン・スターンス教授は言う。「人類生物学の変化は、二つの非排他的プロセスによって駆動している。環境は我々の遺伝子発現に直接影響を及ぼす。例えば乳幼児期の悪い栄養は発育遅滞を起こす。けれども環境はまた自然選択をも形成する。自然選択はある遺伝子を集団の中で増やしたり減らしたりする。例えば成人の乳糖不耐症がそうだ。特徴的な変化を見つけると自然選択と言いたい気持ちに駆られるが、とりわけ変化が起こったのが最近である場合、遺伝子自身が適応によって変化したというよりは、遺伝子発現が変わったというほうがよりありそうなことである。」
「将来の研究と方法論的な発展が、慢性疾患と遺伝子発現がどこまで関連しており、自然選択が慢性疾患の負担を和らげる方向に働くか否かを明らかにする助けになるだろう。明確なエビデンスを得るためには、大規模多世代コホート研究の確立が絶対的に必要である」と豪州・西シドニー地域保健区の人口保健センター長であるスティーブン・コルベットは説明している。
出典は『ネイチャーレビュー遺伝学』。 (論文要旨)
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